野球のスタイルも育成のシステムも、ここまで尖りながら至難の全国大会に出てくるチームは、そうそうない。大人が子どもを駒のように扱う勝利至上主義にも見えて、一方では個々の身体づくりを最優先にした年間の取り組みと、全学年を通じた段階的な育成がある。そしてその土台の上に、徹底的かつ高精度なバントと走塁で1点を積み重ねる野球が成り立っていた。創立から47年、選手は今日も1学年9人以上。固有の色を守り抜くことで到達した初の夢舞台で、さらなる花を咲かせるか――。
(写真&文=大久保克哉)
※東京大会3位決定戦リポート➡こちら
“三度目の正直”で初の夢舞台。独自のカラーで旋風なるか!?
[江戸川区]しらさぎ
【都大会の軌跡】
1回戦〇10対0日の出ジュニア
2回戦〇11対1高円寺メイト
3回戦〇14対0葛飾アニマルズ
準々決〇7対2国立ヤングスワローズ
準決勝●6対7不動パイレーツ
3位決〇8対0旗の台クラブ
6月15日、午前8時ジャスト。府中市民球場のフィールドに、しらさぎ戦士24人のよくそろった声が反響した。
「お願いします!」
東京大会準々決勝の惜敗から1週間。3枚目の全国切符をかけた3位決定戦の日は、方波見大晴主将の号令で脱帽しての挨拶から始まった(=ページ最上部写真)。
いつどの公式戦でも、おそらく繰り返されているだろう、厳かなスタート。プレーボールまで60分、敵軍はまだ現れていないが、三塁ベンチを背に横一列に並んだ面々は、早くもほとばしるようなエネルギーを発している。そして統制はそのままに、ウォームアップと練習が始まった。
「先週の準々決勝で負けちゃってから、みんなでまた練習に取り組んで立ち直って、今日は朝イチからしっかりと入れたと思います」(方波見主将)
1977年創立のチームにとっては、3回目の3位決定戦だった。最初の2016年は不動パイレーツに5対8で、一昨年の2022年は高島エイトに1対2で、それぞれ敗れている。
迎えたこの一戦は、徹頭徹尾のマイスタイルで強敵を撃破。ついに「小学生の甲子園」の扉をこじ開けた。“三度目の正直”というよりは“頑の勝利”のほうが、表現として適切かもしれない。
成功率10割に脱帽
攻め手はごくシンプルだった。1アウトまでに一塁に走者が出ればバント。さらに1アウトまでに、三塁に走者が進んでもバント。打順も関係なく、判で押したように犠打で1点を奪いにいった。
「ウチはスーパースターはいないので、全員で1点を取る。走塁とバントで1点ずつ、これがしらさぎ野球です。江戸川大会から都大会の序盤までは、前半は1点ずつ、後半は打たせるという作戦でいけました」(坂野康弘監督)
それも今に始まったことではないという。現6年生と5年生たちは下級生時代から、同様の取り口で大きな成果を挙げてきた。4年生以下の東京王者を決める「マクドナルド・ジュニアチャンピオンシップ」でも、それぞれ優勝(2連覇)している。
息子が卒団後も指導者としてチームに残って8年になる坂野監督
いわば筋金入りの野球スタイルだ。対戦相手は当然、対策をしてくる。今回の相手の指揮官は戦前、「ウチがどれだけ、バント処理ができるかがカギですね」と話していた。
それでも貫き通したマイウェイ。その強情にも増して、著しい精度の高さで相手を圧倒していった。スクイズ以外は、ボール球には決して手を出さない。そしてストライクボールのみを確実に転がす。ここまでが徹底されており、ボディブローのように守る相手のリズムを狂わせ、心身のスタミナを奪っていった。
1投ごとに走る相手投手はいつもの制球力とはいかず、内野手も守備機会が増えるだけミスの確率もついて回った。そして終わってみれば、7つのバントのすべてが成功。うち3つは内野安打となり、2つに打点がついた。
三番・石田波留(上)と四番・新井は2打席連続のバント、3打席目はともに空振り三振。先発した新井(下)は粘り強い投球で4回無失点
とりわけ利いたのが、三番・四番の連続バントで奪った1回裏の先制点だ。高校野球でもそうだが、1点を積み重ねるスタイルは、序盤から追う展開になると苦しくなる傾向にある。
そういう意味では、1回表の二死二塁のピンチをしのいだのも大きかった。先発した左腕・新井葵葉は、以降も要所を締めて4回を無失点と重責を全う。6-4-3の併殺も奪うなど、内外野の守備も鍛え抜かれていた。
好リードと強肩でサポートした方波見主将は、打線では二番にいる。1年前の都知事杯でもパンチ力が光った右の強打者だ。この3位決定戦は、ほぼバントの構えをしながら3四球とフルスイングはついに見られず。打ちたい気持ちは常々あるのが小学生だが、状況によっては犠打を想定して打席に入るという。
「バントに限らず、良くないダメな気持ちでいると、絶対に次のプレーに悪い影響が出るので、いつも気持ちを切り替えるように意識しています」(同主将)
それでも失敗もある。ドッと叱られることもあるというが、背番号10の落ち着きぶりと時折りの柔和な笑顔は、ナインに安心感を与えているようにも見えた。
昨夏の都知事杯は3位。当時5年生の方波見(上)はスタメン七番で三塁打も。主将となった今年はプレーと笑顔でナインを引っ張る(下)
「怒られるのも慣れですね(笑)。全国大会もみんなでまず楽しくやりたい。今日と同じで0に抑えれば絶対に負けはないし。ボク的にはチャンスに強いバッティングだったり、キャッチャーとしてピッチャーを引っ張ったり、キャプテンとしてチームをまとめるとか、そういうことをがんばっていきたいと思います」(方波見主将)
一貫の指導体制もブレず
攻め手でもう一つ、外せない武器となっていたのが走塁だった。バッテリーのわずかな隙もついての進塁は当然。リードを広げてからの果敢な走塁が、多くの追加点に絡んでいた。
相手の捕手はスローイングが強くて安定していた。それでも盗塁企図は7で、失敗は1。重盗成功が2つあった。終盤は制球に手一杯の投手を見透かしたように、次々に三盗も決めてさらに揺さぶった。結果、0対8の5回コールドで敗れた相手の指揮官は試合後、素直に脱帽した。
「あれだけのバントと走塁、相当に練習されているんでしょうね。それに比べて、ウチの守備は付け焼刃みたいなものでしたから」(旗の台クラブ・寺村俊監督)
背番号29の村社コーチが全学年を巡回指導している
走塁のベースにもなる個々の走力。この平均値の高さも、一貫した指導体制によるところが大のようだ。
背番号29の村社研太郎コーチが“ヘッド役”として、全学年を巡回しながら段階的な育成を先導。4年生以下には轟経史監督がおり、また各学年にコーチを配している。
「1年生から一貫した指導方法と練習方法があるので、5年生に上がってきたときには、走塁もバントもほとんどできている状態ですね」(坂野監督)
従順なロボットを育てて勝利すればいいという、大人都合も安易さもない。むしろ、その取り組みからは個々の身体と未来への配慮がうかがえる。毎年の12月から2月までは、ボールを扱わない冬期トレーニングをチームの伝統としているのだ。
肘肩をしっかりと休ませながら、身体の左右のバランスを整え、股関節の強さや肩甲骨の可動域を確保していく。5m間隔のコーン(目印)をダッシュしながら、地面のボールを置き換えていく「コーン走」は年間を通じたメニュー。学童期の身体の特性や野球動作についての指導者の学びが、おそらくはそこに刷り込まれている。
昨年の6年生を率いた轟監督(下)は、今年は4年生以下の監督を務める
八番ながら3位決定戦で2本塁打のヒーロー。田中伊織は、そういう地味な取り組みも勝利の要因だと語った。
「日ごろの練習も冬場のトレーニングも、みんなで一丸となってしっかり最後までやってきたことと、コーチ陣の愛のおかげで勝てたと思います」
学童野球は年中無休。積雪のない地域では真冬でもローカル大会や練習試合が普通にある。そういう中での長期の冬トレは、必ずしもプラス効果だけではないと坂野監督は打ち明ける。
「簡単に言えば、ケガをしない体づくり。これを冬場の3カ月は徹底的にやります。試合に入るのは2月の最後の週からで、状態も急には上がらないし、仕上がりが遅いので3月後半からの江戸川予選はいつも苦労するんです」
それでも大激戦区の江戸川大会を今年も突破し、都大会へ出場。そしてついに、チーム初となる、全国出場まで決めてみせた。独自の野球のスタイルと育成システムを構築し、ブラッシュアップもしながら守り抜いてきた指導陣は「成功」という、最良のお墨付きを得たことだろう。
逆にそれまでは、疑心暗鬼やプレッシャーも過分にあったと思われる。3位決定戦に勝利すると、指揮官は喜び爆発というよりは「やっと今日はぐっすり眠れます」と肩の荷が下りたことでの安堵を口にした。冗談めかしてはいたが、率直な気持ちだったはず。息子の卒団から8年目でつかんだ、最高の栄誉だった。
「息子がお世話になったので、恩返しのつもりで1、2年はチームに残ろうと思っていたんですけど、やめるきっかけもなくなっちゃって、今に(笑)」(坂野監督)
併殺も奪った内野陣(上)。守備のタイム時は外野陣も集まって助言し合う。やらされるだけの野球でこんなに豊かな表情や自発的な動きは見られまい
自ら尖るというよりは、多様性へと変革する時代の地盤沈下によって、自ずと角が見えてきただけなのかもしれない。ともあれ、ひと昔前より選択肢が確実に増えている中で、学年9人を超える選手が集まっていることも、正しい歩みのひとつであることを物語る。
そしてそのまま、どこまで突き抜けるのか。創立から半世紀に迫ろうというチームに間もなく、史上最高の夏がやってくる。
【都大会登録メンバー】
※背番号、学年、名前
⑩6 方波見大晴
①6 小杉 隆晴
②6 井手上季稜
③6 新井 葵葉
④6 三原 泰芽
⑤6 方波見太陽
⑥6 大池 悠翔
⑦6 島野 瑛汰
⑧6 飯田琉羽空
⑨6 八子 稀市
⑪6 藤原 湊
⑫6 石田 波瑠
⑬6 田中 伊織
⑳5 丹生 陽斗
㉑5 片野 晃督
㉒5 飯田琉偉翔
㉓5 八子 葵
㉔5 谷本 悠太
㉕5 井筒 功貴
㉖5 三瓶 佑莉
㉗5 黄木 開心
㉛5 森 大翔
㉜5 竹井 悠真
㉝5 鈴木 太陽